足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

西瓜と渓の朝

頭がぼんやりしていたので、気晴らしに散歩に出た。大学近くの椿山荘から江戸川橋の方へ向かい、茗荷谷辺りに着くと奇妙な看板が目に留まった。

ワンルームマンション建設反対!~町の環境を守ろう』

茗荷谷と言えば高級住宅街である。現代的な洒落た建物ばかりで、中々都内ではみることのない風景の中、例の看板がぽつんと立っていたのだ。

僕は、どうして反対なのだろう、と思った。マンションだからいけないのか?それともワンルームだから?そもそも茗荷谷にあるこの町の環境とはどんなものなのか。この風景の中にワンルーム・マンションができたからといっても、景観を損なうことなどないだろう。

ひょっとしたら、ワンルーム・マンションという集合住宅について、比較的安く済むことができる点が問題なのだろうか。この環境のバランス、すなわち一定の収入を持つ者たちが構成する地域にとって、ワンルーム・マンションに住む独り身(つまり、それは僕のような男である)というのは、随分と異質な存在なのかもしれない…。

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そんなことを考えているうちに、昼食の時間時になった。音羽町の、講談社のある大きな道沿いを歩いていて、相変わらずのんびりした街だなぁと思った。まるで商売っ気が無い。すれ違う人々も上の空だ。永遠と続く一本道には、まばらに飲食店が立ち並んでいる。

その中で迷いながらも、生姜焼きやエビフライ、ポークソテー、サーロインステーキをランチメニューに掲げた、洋食屋とも定食屋とも判断がつかない、これまた年季の入ったカフェに入った。コーヒーが付くということだったので、ここで昼をゆっくり過ごしたかった。初老の夫婦らしき男女が店を切り盛りしており、居心地は悪くなさそうだった。

生姜焼きを選ぶ。きっと、薄いお肉が3,4枚お皿にこぢんまりと乗せられて出てくるのだろうと思ったのだが、全くそんなことなかった。付け合わせのサラダのヴォリュームもさることながら、ポテトサラダもついており、肝心の生姜焼きは分厚い一枚の肉が均等にカットされていて、おまけにその下には香ばしい匂いを放つ飴色の玉ねぎがたくさん敷かれていた。控えめな味付けの味噌汁が、冷えた身体に染みわたっていった。

これはうまい、と思いながら夢中で料理を口に運んでいると、おばあさんが机の上に、これもどうぞ、と言って小皿を置いて行った。それは肉じゃがだった。ここはカフェだったよな?と何度も頭の中で反芻しながらたいらげた。食後のコーヒーは少し薄かったけれど、おいしく頂いた。

壁には様々な油絵がタイトルと共にかけられていた。そのどれもが趣のあるもので、定食屋だか洋食屋だかカフェだか喫茶店だかよくわからないこのお店にとても似合っていた。

なんだか、全てをほっぽり出して旅に出たくなる午後だった。

【一人旅ルポ】大都会の条件と、なぜ人は東京に固執するのか

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夜が更け始める神戸でタクシーを拾った。

初老の男性が、路上に車を止め煙草を吸っていた。彼と目が合い、乗せてくれますか、と私が言うと、彼は吸い始めのタバコを消し、私を快く乗せてくれた。

車体に揺られながら、今まで縁もゆかりもなかった地を眺めていた。すると、運転手が「お客さん、どこから」と訊いた。なぜ他から来たことを知っているのかと考えながら「東京からです」と私は答える。奇妙な間があく。

彼は何かを思い出す様な素振りで、「私も東京にいたことがあってね。山手線からはどの駅に降りても同じような景色だった」と言う。私は「神戸は違いますか」と訊ねる。

ああ、違うよ。東京に比べたら何もないかもしれない。けれど、東京に無いものが確かにある…。

東京に無いもの———この旅の目的の一つが、東京に無いものを探すためだったということを強く思い出した。

旅先で様々な人と出会った。
誰もがその地に根を張り、その場所で生きているという実感を、確かに抱いていた。

神戸の地酒屋では、店主が六甲の水の素晴らしさを私に説きながら、様々な日本酒の試飲をさせてくれた。私が東京から来たというと、彼の言葉により一層力が入った。その言い方はなるほど、東京には無いものを与えたいという、あくまでポジティブな想いが見え隠れした。

一本の日本酒を購入し、帰り際に店主に「また神戸に遊びおいで」と声をかけられた。

伊勢神宮前のメインストリートであるおかげ横丁は、日が暮れ始める頃にそのほとんどの店が閉まり始める。その中で如何にも年季の入った、地本民が好みそうな居酒屋に入った。

無口ではあるが、優しそうな雰囲気を漂わせる店主が暇そうな面持ちでタバコを吸っていた。ぼちぼち地元民が出入りしては、店主に声をかけていく。店主が彼らに対して特に取り合う様子は無かったのだが、彼らはこの場所を非常に好いているようだったし、なにより壁一面を覆う色紙が店主への感謝を語っていた。

私も店主と言葉を交わすことはなかったが、帰り際に「またこっち来たら寄ってな」と声をかけられた。

私は東京に対し、特に思い入れが無い。東京は、巨大すぎて、実態が掴めないからだ。私にとって確かなのは「都会がわからない」ということだけなのだ。

人が集まっては消えていく———それは場所も職業も流行も、この街では同じことなのかもしれない。きわめて流動的なこの大都会でむしろどのように根を張ればいいというのだろうか。

それでも私は東京に固執している。決して好きなはずはなく、むしろ嫌いな要素の方が多いのに、である。

 

例の運転手のことを思い出す。
神戸で過ごした最後の夜、私はあの運転手に訊いたのだ。

「どうして東京に人が集まるのでしょうか」

少し考えこんだ後、彼は「それは首都だからさ」と答えた。

その答えはありふれたものであるかもしれない。

首都だから———そう、首都だから東京には人が集まるし、物も職も情報も溢れかえるのだ。

自分が東京に居たことを、初めて強く実感した。
それと同時に、自分が東京に来た時のことを思い出した。

「何かが変わるかもしれない。何かが見つかるかもしれない」

そのような淡い期待を東京に対して抱いていたのは、ここが首都であり、人が集まり、物、職、情報が溢れかえっているからなのだ。

けれども東京に来たというだけでそんな日常が転がって来るはずもなく、何もしなければ怠惰な日々が待っているだけだ、ということを、私は痛いほど知っている。

「何か起こりそうで、何も起こらない。けれども、何かをしようと思えば、何でもできる」

それが、大都会の条件なのかもしれない。

死にたさ語ることばかり上手になった僕らの世代へ

 

 

死にたくない僕らはいつしかどれだけ死にたいかを語ることばかり上手になってしまった。

 

 

どれだけクソでもクズでもバカでもメンヘラでも、どれだけ汚い男とヤッても、どれだけ綺麗な女に相手にされなくても、そんな人生がどれだけ死んだ方がマシであるかわからないが、重みのない死にたさを僕らは指一本で全世界に発信するようになった。

 

 

「死にたい」がいつしか板につき、「辛い」が言えなくなった。ただただ「辛い」ということが、重すぎて、笑える要素が無くて、行く宛のない感情だからだ。そうして、その死にたさが、本当の死にたさを麻痺させ、辛くもなくなった。それが幸せなことなのか、不幸なことなのか、僕にはわからない。

 

 

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僕にも、どれだけ死にたいかでしか自分を表現できない時があった。

 

例えばそれは大学一年生の頃、受験を終えいわゆる燃え尽き症候群に取り憑かれていた僕は、理想の大学生活と実際の自分との乖離にしばらく悩まされ、それはひたすら辛い時期だった。

 

そんな時でも僕は「死にたさ」をデザインしていた。それをうまくやれば、笑ってくれる人が居るからだ。だから水を得た魚のように、自分の「死にたさ」を胡麻化した。そうすると不思議で、自分の嫌な部分すら個性になり、肯定してくれる人が出てくる。そのうち、自分の「辛さ」を打ち明けることが酷く恐ろしくなった。

 

もちろん、失敗や欠点を笑ってもらえることは、生きていく上では都合がいい。しかし、その表現の仕方を一歩間違えると、自分という虚像を作り上げてしまい、現実と虚像の間の齟齬に苦しむことになる。

 

 

 

———ところで。

 

誰かと向き合って話すよりも、液晶越しにはるかにたくさんの人にメッセージを発信する時代だ。そして、皮相的な、分かりやすい形でしか評価されずらい世の中でもある。

 

そんな時代だからこそ、140字のうちにどれだけ死にたいかで自分を表現するよりも、どう在りたいのか、どう生きていきたいのかを発信する方がはるかに有意義ではないか。

 

フォロワー数、pv数、収益額のほか、容姿や学歴も結構だけど、生身の人や文化に触れることで、本当に心を揺り動かされるポジティブな瞬間を大切にできているかどうか、僕は今一度自分の世代に問いたい。

 

 

 

———

 

 

死にたいという言葉を、電話口の向こうで何度も何度も繰り返していたあの人を思い出す。

 

 

彼女は今でも生きているだろうか。

未だに本当の「死にたい」を抱いたままだろうか。

それを打ち明けられる相手を、見つけただろうか。

 

 

駅前で全裸になり警察に捕まった早稲田の友人の話

ずっと書きたかった友達がいて、彼の生き方を世に広めたく思い記事を執筆しました。

 

タイトルからは全裸になった話が細かく書かれているようだけど、彼の悪行を広めるため、時系列順に僕と彼が初めて出会った1年後の辺りから今までを一年刻みで描いています。

 

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中々破天荒な友人です。かなり伝説的な、向こう見ずな生き方を繰り返している友人です。

 

裸になり警察に捕まり、バリ島では初日にカジノで旅費を溶かし、台湾では泥酔した末に空港で号泣したり自転車でアメリカを横断してみたり。

 

そんな彼は、海外に憧れがあると言う。

 

その理由として「海の外の人間は、それぞれが自分の人生を生きている。自分の好き好きで自分を動かしている。今を楽しもうという想いが根底にある。日本人には、それがない」と語っているのが、彼の生き方を象徴しているようでもあります。

 

もっとありのまま、生きてみたいなぁと、彼を見るたびに思うし、そんな彼のような存在が、しがらみだらけで何も選べない僕たちの周りに必要なのです。

 

何かを決断した人は、美しいと思います。

 

他の人ができない生き方を選ぶ友人たちを見つめていて、何度も何度も、こうしていられないな、と悩んで止まなかった。だから僕も、ついに新しいことを始めたんですけどね。

 

しかも、そんな彼らを後押しする、という生き方を。

 

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