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映画喫茶 Bande à part バンドアパート

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

「ミニマリスト」に対する疑問・デメリットは? それよりも「豪華一点主義」を。

ブログを始めてから頻繁に目にする「ミニマリスト」という言葉が気にかかっていた。

なんとなくの語感や「ミニマリスト」を謳うブロガーの記事などである程度の理解は得ているつもりではいたが、その実情を僕は掴めずにいた。

 

そこで少しだけ調べてみた。

今回は「ミニマリスト」な暮らしと、僕が代わりに提示したい「豪華一点主義」な暮らしの話をしたいと思います。

 

ミニマリストの実情をすべて把握したわけでもないし、それを自分で実践したわけでもないが、僕が思うミニマリストへの疑問やデメリットを主観的に書いてみる。

多分に主観が含まれているし、それを全体的に否定するつもりはないので悪しからず。

というか後述するけれど、自分もそういう生き方については理解があるし、そういう側面があるから、内省的に語っていきたいと思う。

 

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ミニマリスト」とは

ミニマムな暮らしとは「無駄」を失くし最小限主義を掲げた究極の省エネな暮らしだそう。つまり、不必要なものは持たない暮らし。

 

具体的に例をあげてみると、

 

・布団の処分→寝袋生活

・一日一食

・食事は作り置いたもの

・水筒暮らし

・使わずにいる日用品、不要な雑貨等の処分

・読まなくなった本の処分

・無駄な時間の削除

・無駄な人間関係を切り捨てる

・過去の栄光を捨てる

 

等らしい。

なるほど、見えてきたぞ。

僕の頭の中にはいま、凄く殺風景な部屋が浮かんでいる。「シンプリスト」とは似て非なるものらしく、それは“小綺麗にまとまっている部屋”というよりは、最早まとめる必要のないくらいの断捨離に次ぐ断捨離だ。

 

街へ出かける時はスタイリッシュに、無駄なものは持たない。

財布だけとか?スマホとクレジットカード?

 

うん、それはいいね。僕も大体外に出る時はスマホと財布だけだ。

さて、以上でみてきたように、以上の定義から、ミニマリストとは、無駄を排した究極の合理化。

好き嫌いではなく、合理化です。

面白いね、時代の変化は。

 

でもね、スピッツも言っているよ、無駄なことほどしすぎるといいんだ、って。

 

凄く言い考え方だとおもう。けれど、一筋の疑念が払拭できずにいる。

無駄なことってなんだろう

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たしかにストレスフリーな生活というイメージは強い!それはとってもいい事だと思います。

 

でも、無駄って何だろう。

 

僕も好きじゃない友達とは出歩かないし、無益な飲み会には顔を出さない省エネ人間、合理主義的な人間なのでそういう側面はある。

 

ただ、無駄かどうかっていう事だけで物事の価値を測ろうとするとなにもかもが無駄な気がしてしまうのでは?あまり人間らしい暮らしとは思えないなぁ。

 

仕事をする上でもそういう人間との共生は必要となるよね。

 

自分にとって嫌いな人間でも得を生む人間になれば話は別か。

いやむしろ、好きか嫌いかなんて関係ない、損か得かが重要で、

合理化ってそういうことだよね?

 

例えば好きな友達と一緒にいる構図についてもこうです。

 

好き

→だから友達と一緒にいるのではなく

 

好き

一緒にいると得をする

→だから友達と一緒にいる

 

という一つ余分なプロセスが入り込んでくる。いつしか、損得の勘定をすることでしか人の価値を測れなくなるのではないか?それじゃ、好きな人と飲み行くメリットは?価値は?

僕らが存在している意味は??? 

 

本当に価値があるかどうかなんてわからないし、無駄=好き嫌いで判断しうるものだとしたら、それはずいぶん都合のいい考えだ。

 

 

というか自分がそういう傾向にあるから、それってちょっと寂しい暮らし方だなと内省的に、そういう考えを抱いてしまいます。

 

合理化は楽だけど、残ったものはあまりにも殺風景な人間関係かもしれない。

 

というか、ミニマムな暮らしってそういう事でしょ?そこまでやらずにミニマリストって謳っていいのかな?

 

そうじゃなくちゃファッションミニマリストなのでは…?

というのが僕がミニマリストとは何か調べてみた感想です。

すいません、めっちゃ牙向けてますね、そんなつもりじゃないのです。

ミニマリストに完璧なミニマムな生活を求めすぎているのかもしれない………。

 

豪華一点主義のこと

じゃあ僕が提示する豪華一点主義とはなにか。

これは寺山修司の言葉を発端とするものである。

興味がある人は、寺山修司著『書を捨てよ、町へ出よう (角川文庫)』を参考にされたい。

 

豪華一点主義とは

日当たりの悪い独身アパートで、ゴキブリが這いまわっている四畳半に住んでいる男がマイカーにアルファ・ロメオとかマセラッティといったものを持っている。

(中略)

これは、いわば「身分相応」という観念への挑戦である

 

寺山修司『書を捨てよ、町へ出よう』より)

 

例えるならそう、

毎日風呂の隅にたまった垢を舐めるような生活を送る代わりに、一カ月に一回、石原さとみとの逢瀬が叶う

 

例えるならそう、

人間関係全てを切り捨てる代償に、有村架純との同棲生活が叶う。

 

これって超自分勝手な生き方だ。

好きなことはする、でもそれは嫌なこともすることと引き換えに、だ。

 

ちょっと行きたいけど色々な飲み会を断る(代償)

→彼女と超豪華なイタリアンで食事(対価)

 

みたいな要領。

これ、ミニマリストが求めている者でもあるんじゃないか??

 

毎日の生活を切り詰めるというのは、ミニマムな暮らしと通づるものがある。

だけど、目標が明確に設定されている、というのは大きな違いかも。

好き嫌いに明確な線引きをする、これも本当のミニマリストとの違いかも。

 

毎日残業続きで嫌いな仕事をする、対価として手に入れたお金で自分の好きなことをする。これも豪華一点主義。

手段ではなく、結果に重きを置く。

なんて素晴らしい生活だろうかと思います。

まとめ

ミニマリスト=その生活自体に価値を置く

豪華一点主義者=代償と共に得た結果に価値を置く

 

というのが大きな違いかもしれない。

もちろんミニマリストも結果=ストレスフリー、合理的な暮らしを求めるものかもしれないが、直接対価に結び付くという印象は薄い。

それよりも、ミニマムな暮らしを好むから、ミニマムな暮らしを送る(合理化を図る)ということかな。

 

僕はミニマリスト、好きだし尊敬しています。

でも本当にそれはミニマムな暮らしを送っていると言えるのか?と疑問を抱くことが多いし、そんな簡単に手を出せる分野ではないのじゃないかな、というのが純粋な感想。

 

それよりも豪華一点主義、もっと良いと思います

 

寺山修司のこれ、名著です。

とってもいいこと言っているので是非。

 

あなたの週末に贈る名作映画 今週観た良作を紹介。その5

こんばんは、井出崎です。

この企画も始めてから5回目です、一か月以上続けていてほとんど習慣みたいになっていますね。

毎回目を通してくださっている、との嬉しいコメントもいくつか寄せられていて、毎回書くのが楽しみになっています。本当です。

 

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(C)「愛のむきだし」フィルムパートナーズ

 

さて、この企画は僕がその週に観た映画を幾つか取り上げて紹介するというもの。

週末は映画でも観てゆっくりしたいという人に参考になればうれしいです。

僕が今週観たもの

今週は11本の中から選びます。

結構観たなぁ、学校も始まるので来週からは本数も減ってしまうと思います。

11本書くのは少し野暮な気もするので、その中から7本ほど。

 

愛のむきだし

 →4時間もの長さ!いつ観ようかと思っていたけれどやっと鑑賞に至った作品。

・BIUTIFUL

 →『レヴェナント』のアレハンドロ・ゴンザレス・イリャリトゥ監督作。

   やっぱり超好きな監督だ。

羅生門

 →黒澤明監督作、有名ですね。

嫌われ松子の一生

 →キャストが超豪華。松たか子が主演なのかと思っていたけど違ったのね(笑)

パッチギ!

 →井筒和幸監督作。熱い、青春ですね。

あの頃ペニー・レインと

 →なんだか懐かしくさせるような物語だなぁ。

・TOP GUN

 →トム・クルーズ主演作。中々力強い作品でした。

 

これだけ観るとどれを紹介しようか迷いますね。

愛のむきだし』紹介した過ぎる、久しぶりに叫びたくなりました。

でも4時間だからなぁ、忙しい人も多いだろうし、紹介しづらい。

けど紹介します。

ていうか『BIUTIFUL』も紹介したいんだけど、これもあれもってなるときりがないっす。

 

という事で今回紹介する作品は

あの頃ペニー・レインと』『愛のむきだしで行きます。

 

あの頃ペニー・レインと

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(C)DreamWorks/Photofest/ゲッティイメージズ

あの頃ペニー・レインと (字幕版)』です。

青春だなぁ。

70年代の実際に居たミュージシャンたちを幅広く扱っているので、音楽が好きな人には是非贈りたい一作。

あらすじ

15歳のウィリアムは、『娯楽は人を堕落させる』という厳格な母親のもと育ち、また姉のアニタはそんな家庭に嫌気を覚え早々に独り立ちしていたため、母親からの期待と愛情を背負い窮屈な暮らしを送っていた。そんな彼だが、姉が家を出る際に残したロックミュージシャン達によるレコードに感化され、ロックの世界にハマっていく。

そんな折り、彼は「ローリング・ストーン」誌の記者に抜擢され、ロック・ジャーナリストとして人気急上昇中のバンド・スティルウォーターのツアーに密着取材することになる。そこでミュージシャンたちのツアーに同行するカリスマ的なペニー・レインと出会い、恋心を抱くようになるが、彼女はバンドのギタリスト、ラッセルと付き合い始めるのだった。

みどころ

誰でも経験あるんじゃないのかな、年上のカリスマ的な雰囲気をまとった異性に憧れを抱いてしまうこと。

ぼくはとても無垢な少年だったので、年上の綺麗な女性には全員惚れていきました。

そんな経験もあったからか、少し胸がざわつくようなそんな懐かしさを覚えます。

 

さて、主人公のウィリアムが飛び込んだロックの世界は、とても自由で、しかしながら汚い自身の行いも合理化されてしまう世界。

ドラッグ、女、名誉、金、……音楽が好きだと言ってもそれらはどこでもついてまわる。

それでもウィリアムは純粋な心を抱き続け、密着するバンドのリーダー・ラッセルとも心を交わし、そしてペニー・レインという美少女に恋をするのだ。

ペニー・レインは既にその世界の住人だ、ウィリアムは自分と彼女との居場所の差異を自覚しながら彼女に好意を寄せ続け、また彼女もウィリアムの純粋な心に惹かれる。

けれど彼女はラッセルにメロメロだ。格好いいし、ギターのテクニックも見事なもので、そしてなんといっても有名人。

 

切ないよなぁ。切ないよ。青春だね。

僕もバンドの世界に片足突っ込んでいた人間だからわかるけど、やっぱり年上の格好いいバンドマンたちには、ファンというより仲間みたいな綺麗な女の人が付き物で。

そんな汚くも華やかとも言えない世界でそんな様子を隣で眺めるのは切ないだろうなぁ。

 

もう一つの見どころは音楽かな。

70-80年代のロックに少しでも興味がある人なら楽しくなるようなワードが散りばめられているので是非。挿入歌も素敵。

そしてペニー・レインが美しすぎる。まじで。

邦題も秀逸だね~!!

 

愛のむきだし

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愛のむきだし』です。

これね、久しぶりにグッとくる作品。

本当にグッとする作品てとても少ないんだよなぁ。

でもこれ観てまた自分でも映画撮りてーーー!

と思い始めてます。

4時間もあるのですが、推進力が高すぎて全然苦にならない。すごい。

そして主題歌はゆらゆら帝国の『空洞です』。

この曲最高だよね~~!!!!!

概要

新宿スワン』『地獄でなぜ悪い』の園子温監督作。

AAA(トリプル・エー)のボーカル西島隆弘、ヒロインを満島ひかりが演じます。

 

敬虔なクリスチャン一家で育ったユウは、神父の父に毎日懺悔を強要される日々を送っている。“罪作り”のため女性の股間ばかり狙う盗撮を繰り返すユウは、ある日、ヨーコという少女に出会い一目で恋に落ちるが……。

 みどころ

もうね、とにかく、物語を推し進める力が半端じゃない。

4時間だよ、4時間。3回見たらほとんど一日が終わります。

文句の付けどころがない、僕好きです、こういう作品は。

 

ちょっとあらすじだけだと解説できないけど。

宗教を大きく扱っている、割と日本では珍しい作品かもしれない。

主人公のユウは幼い頃から勃起したことがなくて、それでも早逝した母親の言っていた「マリア様のようなお嫁さんを連れてきてね」という言葉を守り、

いつしか罪作りのためにおこなっていた盗撮も、そのマリア様を見つけるために目的を置くようになっていく。

 

ヨーコという女性を満島ひかりが演じていて、彼女に出会ったときユウ君は勃起するんです。つまり、一目惚れですね。

ヨーコも幼い時に父親から受けた軽い性的虐待を起因として、街で会う男を軒並みボコボコに殴り倒すほどの「男嫌い」なんですが、彼女と性欲の全く無い少年が出会う、というもうこれだけ聞くだけでもこの監督すっげぇなぁ。となる。

ちなみに実話をもとにしているらしいですけど。

 

そして満島ひかりが可愛いんですよ。

すきだな、この役。

そして物語を推し進める推進力が半端じゃなくて4時間観てても飽きなかった。

これ凄い事だと思いませんか? 超面白かった。

文句の付けどころがないです。

ところどころ挟まれるギャグも嫌らしさなく秀逸。

こんな作品と出会えてよかったなぁ。

 

結構長い作品なので、一気に観てもよし、二、三回に分けて観てもいいと思います。

とにかくこれはいいな~!

もっと早く出会ってたら人生変えてただろうなぁ~!くらいのこと言える。

 

 

ということで今回はこの二作品を紹介しました。

 

また、もう見飽きたと思いますが笑

でもこれ本当お得なので是非紹介したいのが、アマゾンプライムですよ。

様々な動画配信サービスを試したけどこれに勝るものはないです。

現在1か月間なら無料で上記のものを観ることができます、それ以外にも名作ぞろいです、そしてプライム会員特典でめちゃめちゃ色々お得なサービスがあるので是非検討してみてはいかがでしょうか。

 

 

それじゃあまたね。さようなら!

秦基博による名曲カバーが “素敵すぎる” のでオススメの4曲を紹介する。

秦基博が好きで彼の曲はよく聞くんだけど、彼によるカバー曲の選曲がどれも素敵で、夜になるとそっちの方を垂れ流している。

アコギと歌声が奏でる彼のサウンドは癒しに富んでいて、こんな名曲たちが彼の音楽を育ていたんだろうなぁなんて思っています。

 

本家を超えた!なんてある動画サイトではそんなコメントが溢れているのを目にしました。

そういう風に評するのはオリジナルのアーティストにもカバーした本人にも失礼だと思うのだけれど、彼のカバーはあまり原曲をいじらず、そのままの雰囲気を残しながら自分のものにしているのがとても好感を持ちます。

 

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出典:秦 基博 Official Web Site

 

そんなわけで今日は映画ではなく音楽についての記事。

彼のカバー曲をすこしまとめて、4つ紹介します、良かったら参考にしてね。

 『ミルクティー』/UA

www.youtube.com

 

 

まずはこの一曲。

UAの曲だね。UAフィッシュマンズのライブで知りました。

とても好きです。

やさしい曲。彼が歌うとまた一段とやさしい。

陽も落ち始めた午後にミルクティーをすすりながらしっとりと聴いてほしい。

 『エイリアンズ』/キリンジ

www.youtube.com

 

超洒落ています。

こちらは一人の夜にしっとりと聴いてほしい。

オリジナルの方も良いけどこれも中々良い。

というか元々の曲が良すぎる。

 『風に吹かれて』/エレファントカシマシ

www.youtube.com

 

秦さんがエレカシ好きなのは知っていました。

僕もエレカシは大好きなのです。

本家と違う雰囲気を醸しますね、優しくて繊細で。

丁寧に、また力強く歌い上げる彼の姿勢には好感を抱かずにいられません。

名もなき詩』/Mr.children

 

www.youtube.com

 

このカバーもまた素敵ですね。

最後に一曲だけ有名な曲を紹介してみました。

 

 

好きだなぁ。彼のカバー。選曲良すぎだろ。

という事で僕が好きな、特に三曲を紹介してみました。

良かったら聴いてみてください、本当素晴らしいです。

「泣ける映画」「感動大作」という宣伝文句に抱く違和感の正体

時々一緒にお酒を飲む初老の新聞記者がおしゃっていた。

 

「ある有名な小説家も言っていましたが、泣ける話をただ創作するのは難しいことではないというのは本当ですよ」

 

映画の広告で作品を売り出さすための「涙」や「泣ける」という文句を目にするたび、かすかな違和感を抱く。それだけでなく「感動大作」とまで銘打たれたものをみると、身構えてしまわずにはいられない。

 

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この違和感の正体は一体なんなんだろう。

そのような違和感を抱いてしまう、という人は少なからず一定数あるらしい。

「お涙ちょうだい」というような揶揄が成り立つのはそのような意識が共有されているからだ。それが悪いかどうかは置いておく。

 

ちなみに僕は動物が絡んでくる映画では大体泣きます。

 

「泣くこと」のカテゴリー化

 

とにかく泣ける映画を教えてくれ、と友人に訊ねられることがあり、そんなときは自信をもって紹介できる作品を教えてやる。僕が涙で顔をぐちゃぐちゃにした映画を教えてやる。

でもそんな作品、そうそうない。心から泣いた作品に出合う事なんてごくまれだ。

 

泣ける映画が悪いのではないないし、泣ける映画を泣ける映画として紹介することにも何の不満を抱くわけでもない。

ただ、広告という媒体が記す「泣ける」「感動」という文字はどうしてここまで無機質でなおかつ押しつけがましさを孕んでいるのだろうか。

あたかもその作品の魅力が “涙を流すことのみ” という方向への一本化が図られているような印象を抱いてしまうからだろうか。

 

ただ映像作品を、泣けるからこの映画観てください!というように宣伝するのは、僕が作成者だったら、涙を流しただ消化してもらうためだけに作ったんじゃないのにな、感動という観点からのアプローチしかできない単純な作品じゃないのにな、なんて思ってしまうかもしれない。

 

作家性とビジネスの両立は極めて難しい。

 

泣けることや感動することというのは、映画館まで足を運ばせたいと人々に思わせるためには十分な宣伝素材になっており、それはまた映画を評価するうえでとても大事な判断基準になっている。

それを否定するつもりは毛頭ない。

けれど、僕があまのじゃくだからか、泣けるか感動するかどうかは僕が決めたいし、最初から感動する映画だときかされていれば、ああここが感動させたかったシーンね、なんて作品との距離ができて盛り下がってしまう。

 

他の人の意見

 

出典:作品を「泣ける」と紹介することについて - Togetterまとめ

 

「泣ける」っていう評価って「ヌケる」「エロい」と本質は変わらない気がする、そういう感じで泣きたい人用っていうか…

 

自分がやがて抱くであろう感情や感想を誰かに定義されたく無いし大衆と同じにされるのが嫌なんだよなぁ……だから「全米が泣いた」みたいな紹介文に興味わかないし「女性ならみんな好き」みたいなやつは関わりたくないって思っちゃう

 

なるほどなぁ。

と、僕はすごく納得した。

気づかないうちに大多数のうちに組み込まれている……

その心地の悪さが先行してしまうのかもしれない。

 

涙を流すということ

人が何かの作品に対して涙を流すときは大きく分けて3つのシチュエーションがあると思う。

 

1.作品の人物、言葉に感情移入する

2.作品に感化され、自分の思い出や過去を思い出す

3.作品と才能に圧倒され何故だかわからないけど涙を流す

 

僕は割と映画館で映画を観るとわけわからず、3.の涙を流す。

そして2.の涙はその人のコンテクストの上にある現象だ。

涙を流すかどうかは作品によるものであって、僕らの感情は決して広告に左右されてはいけない。

 

涙を流すってどういうことなんだろう。

涙を綺麗にしうるものってなんだろう。

全米が泣いた映画を観て同じように流した涙にどこまで価値があるんだろう。

 

とある有名作家が言ったらしい。

人を泣かせる物語を創作するというのはそう難しい事ではない、と。

では涙を流すとはどういうことで、どんな価値があって、どこまで人の人生を変えるのか。

 

泣ける映画が悪いわけではない。じゃあ何が悪いのか、っていう事を明らかにすることなくこの記事は終わります。そしてよくわからない終わりを迎えます。ごめんなさい。