足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

池袋で最もヤバい店『本気カレー ガールズバー』の美人店長を取材しました。

何かのツテで知り合った『本気カレー ガールズバー』の美人店長に会いに、飲みに行ってきました。ちょうどいいネタだと思い、もう一つのメディアの方に執筆し、投稿しました。

 

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本当にこのお店に携わる人はみんなヤバくて、店長の女性もめちゃめちゃ面白かった。巷では「池袋で一番ヤバい店」とか言われているようで、池袋という奇妙な街を象徴するというわけではなく、様々な『ヤバさ』を作る一つの要素になっているのだなぁ、と感じた。

 

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ちなみにこれが「本気カレー」のヤバさを象徴している写真でございます。マジでこの店本当に意味わからないけど、本当に本当にいい店で、きっとハマる人はハマるんだろうなぁと思います。

 

僕もハマったうちの1人ですから。

 

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夜の池袋は、やっぱり面白い。混沌としています。みんなありのままで、素っ裸で。最低にして最高の街です。

 

『Alones』の方では初投稿だったのですが、かなり反響を得たみたいで。やはり飲食関係の横のつながりは強いですね。この感じで次につなげたいと思い、来週は店長の紹介で「男装カフェバー」に突撃していきます。

 

めちゃめちゃ楽しみなんだけど…俺どうなっちゃうんだろう。

 

こんな感じでとにかく、普段日の当たらない人々にフォーカスし、とにかく「人、人、人」で攻めていけるようなメディアにしたいと考えています。

 

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ウェブメディア「Alones」を立ち上げました

今の時代って凄いんですね、こんなに簡単に無料でオウンドメディアを立ち上げることができるなんて。はてな限界界隈の一角である id:idwn (著 たとえば明日とか) が僕のしもべとして働いてくれるそうです。

 

色々とわからないこともたくさんあるので、いろいろ口出ししてくれても良いですよ。

 

Alonesについて

 

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Alones(アロンズ)は、

「あなたの時を、デザインする」

というコンセプトのもと

人々の多様なあり方を後押しする ”エッセイ代筆” メディアでございます。音楽や映像、写真やアートなどの作品のほか、あなたのありふれた生活が、記事になります。

 

フォロワーの数とその人の面白さは比例しない。

個人の発信力が増しつつある中だからこそ、普段陽の当らない人を、一つの作品、果てにはポートフォリオにしたいのです。

 

名前の由来

「1人だけど、1人じゃない」

そんな感じ。

あまり名前の由来を語りすぎても臭いので。

ていうかぶっちゃけあんまり意味なんてないです。

 

立ち上げたきっかけ

就活に失敗したからです。

特に行きたくない企業に祈られまくって、どうせならやっぱりすげぇメディア作りたい!と思ったのがキッカケ。

 

そして、

ずっと胸の内にあったのは、

めちゃめちゃ面白い人間なのにどうしてこいつのこと誰も知らないんだろう?という友達のことを見つめ続けていて、さらにはやりたいことが明確にあるミュージシャンや舞台関係の友人にただ「応援している」としか声がかけられないことへの不甲斐無さ。

 

それを払拭したかった。

一つの組織に縛られず、色々な世界の人と出会いたかった。

そんなささやかな生活の色で、人々の在り方をデザインできればとも思った。

 

「自分の在り方」を第三者に表現してもらうことって、普通に生きていたらなかなかないじゃないですか。取材されて、記事になって。なんだか、自分の人生がその記事の中では輝いて見える。人々の生活をデザインできたら素敵じゃない???

 

「エッセイ書きました」よりも、「私が記事になりました」が溢れるように。

 

ウェブサイトもまだまだ洗練されていませんし、運営経験も皆無に近いし、収益面ではまだまだ見通しつかないから恐らくは金のかかる趣味みたいなものです。しかし、色々な生き方をしている人々に触れる毎に、このメディアも成長していくでしょう。いつかは「Alonesに載りたい!」と思っていただけるようなものにすることが目標でございます。

 

以上です。

ウェブメディアの勉強頑張りたいと思います、ここでも記事の紹介はしていきますので、何卒はてなの皆様、よろしくお願い致します。

 

発信したい作品、想いがある、そんな方は是非お問い合わせください。

 

 

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「自称クズ」大学生に、つける薬はない

「自称クズ」大学生に、つける薬はない

いますぐ自分のことをクズと呼ぶのはやめよう。自分のことを世界一まじめだと思いながら、何故か他人にクズと呼ばれているくらいがちょうどいいのだ。

「自称クズ」だった僕をぶちのめした女性

 

僕が大学一年生だったころ、それはまだ、当時好きだった東京大学に通う年上の女性と頻繁に連絡を取り合っていた時の話だ。

 

彼女と電話中、何かの会話の弾みで、僕は「学校にほとんど行っていない」と彼女に伝えた。するとこれまでの様子を異にし、少し重い声のトーンで彼女は「どうして?」と訊いた。僕は、何と答えていいのかわからなかったので、とりあえずいつも側にあった「クズ」という言葉を使ってよくわからない理由をとりあえずつけて置いた。

 

俺は、クズだから…。

 

すると、彼女は、酷く恐ろしい声で様々な言葉を使い、こんな風に僕をまくしたてた。

 

「どうして大学一年生の男って自分のことをクズって言いたがるの?それって自分の怠惰を正当化して言い訳がしたいだけでしょ。そんな安易な言葉で自分のこと貶めるの、本当にダサいからやめた方が良いよ」

 

とか、まあ恐らく大学一年生が言われたくないであろう言葉の羅列だった。何も言い返せず、彼女の恐ろしい一面を見てしまい、半ば泣き出しそうな声で僕はかろうじて「はい…」と応えるのに精いっぱいだった。しかも好きだった女の子にだよ、こんなこと言われたら普通立ち直れなくなるよね。

 

二種類の「自称クズ」

 

自分のことをクズだと形容することに、恐らく二種類の方向性があると言っていい。

 

第一に、上記と同様、自分の行為を正当化する言い訳である。「授業面倒くさい。バイトぶっちしよ。俺クズだし、仕方ないわ…」使い方としてはこんな感じ。

 

そして第二に、自分が「クズ」であることで周りと差別化を図るもの。例えば、「また授業を切った」とか、「また単位を落とした」とか、執拗なアピールを続ける男子大学生のこの症状は特にひどい。マイナスのオシャレを楽しむ高度なテクニックがないにもかかわらず、自分の無能さを周囲にばらまくことでアイデンティティを確立しようとしている。

 

これは本当に意味ないです。悪目立ちしているだけですからね。中学生がタバコ吸い始めるのと同じです。二日酔いつれービールとかよゆうっしょとか言ってる大学生と同じです。

 

ポジティブなクズの方が良い

 

確かにクズな男とかダメな男のことを好む女性は一定数いる。しかしながら彼女たちが好きなのは、格好がつく範囲内でのダメさ加減なのであって、ダサい男ではない。自分を安易な言葉で貶めるような男は格好いいだろうか?全く格好良くないだろ。

 

第一に、クズと呼ばれるためだけにクズをやってはいけない。格好いいクズ男は図らずもクズやっていて何となく様になっている奴らなのだよ。

 

自分のことを「クズ」と呼んだ瞬間に本当にクズになってしまう。

 

自分をクズとか言うの今すぐやめた方が良いと思います。

 

 

特に入学して間もない大学生には声を大にして言いたい。授業なんていかなくても良いし、単位なんて幾つでも落とせばいいし、バイトだって嫌ならやめてしまえばいい。それでも、自分をクズとは呼んじゃだめだ。自分は誰なのかと向き合え。何が好きで、どういう時に生きているのかと実感するのかを知ってほしい。

 

周りとは違う自分を演出したいなら、何か自分の好きなこと、できることを見つけて徹底するべきだと思うし、僕は大学生のほとんどをなんだか中途半端に生きていたから余計そう思う。

 

 

蛍が飛び交う頃きみは

僕は蛍をみたことがない。理由は二つある。まず、単純に蛍をみる機会に巡り合わなかったこと。そして、大学生のうちに一緒に蛍をわざわざ見たいと思える人に巡り合えなかったことだ。

 

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毎年この季節になると、早稲田大学の近くにある椿山荘というホテルが、庭園に蛍を放つ「蛍の夕べ」という催しを行う。大都会の中心にそんな催しがあるなんてとても素敵だ。曇りがちな都会の夜にこそ、孤独な人々を照らす星が必要であるように、都会にこそ忘れがちな情緒を思い出させる蛍の灯りが必要なのだと思う。

 

けれども、僕は蛍をみたことがない。この季節になれば、大学のそばで貴重な命を燃やしながら蛍が飛び交っているにも関わらず、だ。

 

…この催しの存在を教えてくれたのは、昔付き合っていた年上の女性だった。

 

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彼女も僕も村上春樹の『ノルウェイの森』の大ファンだった。よく大学のそばを二人で歩いた。作品の主人公である ”わたなべ“ が下宿している寮は、大学の近くにある学生寮をモデルにしたものだということも、その姿を消す前に “突撃隊” が蛍の詰まった瓶を主人公に渡すシーンは、大学のそばにある椿山荘のその催しを汲んでいるということも、教えてくれたのは彼女であり、それは彼女の隣を歩いているときだった。

 

残念ながら、彼女と付き合い始めたのは僕の大学1年生の夏休みが始まる頃だったので、その年に蛍を見に行くことは叶わなかった。彼女とは、くっついては離れる、どうしようもない関係をずるずると続けた末、今まで何事もなかったのように綺麗に別れた。その頃には蛍など頭の片隅にすらなかった。

 

そのような関係が終わってから、もうじき今年で二回目の初夏を迎える。今年も「蛍を見にいこう」なんてキザな誘いに嬉々としてついてきてくれるような女性とは巡り合えなかったし、そんなマトモな関係を人と築く努力を、いやマトモに人を愛せるような自分に変わる努力を、怠ってきた。

 

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それは普通の人が「今年も一緒にクリスマスを過ごす恋人ができなかった」と嘆くのと全く同じことで、僕は「今年も蛍を見に行くことができなかった」と嘆くだろう。

 

初めての何かを知るなら、大切な人とが良い。バカみたいかもしれないけど、そんな想いがずっと心の中にある。だから蛍も見にいかないし、浅草にも行ったことがなく、もっと言うと江の島にも行ったことがない。これが自慢になればいいのだが、悲しくも自慢にはならない。

 

 

今年も、蛍が飛び交い始める。そんな折り、僕は誰の顔を思い浮かべればいいのだろうか。正直見当もつかない。もうそろそろマトモに相手を見つけるのは諦めろ、と、日が暮れるとより一層荘厳な佇まいを携えるアイツに言われているかのようだ。

 

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