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高学歴は人を幸せにしない 学歴と幸福度は関係あるのか?

 僕は一浪の末、行きたかった大学、それもその大学の上位学部に入学を果たした。

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 しかし、入学して半年くらいは、所謂燃え尽き症候群というものに陥り、全く何も手につかず、なにをすればいいのか、自分が何者なのかさえ忘れかけていた。あれはもうノイローゼのようなものだ。

 浪人生の時は、勉強だけしていればそれでよかった。大学進学という明確な目標を据え、毎日それに向かって努力を重ねればよかった。

 もちろん楽なものではなかったが、いい大学に入ればそれだけ楽しい大学生活が待っているという希望もあったから、なんとかやっていけた。

 それでも僕は、学歴のおかげで幸せな思いをした、という経験がほとんど皆無だ。それは合格した時はうれしかったが、一過性のものである。

 もちろん、就職の際はそれが有利に働くこともあるだろう。選択の幅も広がる。

 だからと言って幸せなのか?いい企業に就職したから幸せなのか?

 外見ばかりにとらわれすぎだ。どこの大学を出たとか、どの企業に勤めているとか。就職無双だろ?とか言うな。無双なわけがない。

高学歴で得したこと

 ありません。頭いいですねとたまに言われるくらい。学歴のおかげでモテたことも(モテたらそれは俺の実力だという事にしたい)、同窓会でいい思いしたことも、合コンで圧勝したこともない。これが現実っす。

 就職だって、絶対的に安泰な職は公務員くらいなんじゃないか?

 就職のために学歴を手に入れるってなんだか腑に落ちない。いい大学でも文学部だとかなりきついとかあるらしいし。

幸せとは何か

 幸せは、自分のことを納得させるということではなかろうか。理想と現実にどうにか折り合いをつけ、今を丁寧に生きることではなかろうか。

 希望を持って、毎日充実した生活を送ることが大切。好きなことに打ち込むことが大切。

 良い学歴持ってたって、俺の居場所はここじゃない、今の俺は本当の俺じゃない、何もしたいことがない、なんて人生に納得いってない連中は多いだろう。

 商社や銀行で働ければ幸せか?あの給料明細は、アホみたいな働きに裏付けられたものだ。大手企業に就職したからと言って本当に自分の仕事に誇りを持てるのだろうか。

 高学歴の人間だって普通の人間。みただけじゃわからん。喋ってもわからん。

 おまえ今幸せ?と訊いても、他の大多数が首を振る数だけ、その方向に首を振るだろう。

人生の選択の仕方

 就職の面で言えば、自分のライフスタイルを考えるべきだ。

 忙しくても金がほしいなら、その手の企業に就職だ。バリバリ働いてくれ。

 そこまで金なくてもいいけど家族との時間を大事にしたいなら、その手の公務員など。

 夢をつかむために努力したいなら、ひたむきに食らいつけ。

 どんなライフスタイルを確立したいか、自分に向き合う時間を与えられるのが学生生活ではないのか。

 

まとめ

 ゴールは大学入学じゃないし、学歴なんかじゃ人は図れない。

 確かにある程度の指標にはなるだろけど、学歴があるから頭がいいんじゃない。

 頭がいい人は頭がいいから頭がいいのだ。

 そもそも大学入学とは、大人が与えた教育課程という枠組みの中でしょうがなく課せられた筆記試験により受験生を選抜し、その権利が与えられるものだ。

 そんなものですべての資質が測れるものか。

 たまたまその分野で選抜されたために、「頭がいい」と形容される資格を得ただけだ。大学にはしょうもない奴の方が多い。

 すごい人もそりゃいるよ。でもそういう人はいい大学でたからすごいんじゃない。すごいからすごいんだよ。

 幸せな人は幸せだから幸せなんだよ。なんでもかんでも学歴を使って合理化は避けたいものである。

 学歴というチケットが無ければ通れないような場所を切望するなら、やっぱり学歴を得るために努力するべきだ。学歴は元々生まれ持って持つものじゃない。

 手段と目的を明確に分離すること。