映画喫茶 Bande à part バンドアパート

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僕が椎名林檎のことが嫌いな理由

 僕はアーティストの椎名林檎があまり好きではない。

 そのうちの理由として、元カノが彼女のことをとても好きだったから、ということが一つあげられるのだが、もしかしたら理由なんてただそれだけだったのかもしれない。

 

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 アーティストとしては、とても才能にあふれた人であるし、東京事変なんてもうずっと好き。ものすごく格好いい。

 

 でも、あの立ち振る舞いが好きじゃなかった。

 のどに引っかかるようなねっとりとした歌声と、それに合わせるかのようなファッション、そして鋭く挑戦的な目つきの割に何をしでかすのかわからない危うさ。

 自信に満ち溢れ、周りと差別化された彼女の姿は、とてつもない恐怖を抱かせる。

 男の性的な本能から、彼女に対して、生態系の最も頂上に君臨するような絶対的存在感を抱かざるを得ない。それが保守的な自分にとっての恐怖である。

 本能といったのは、無意識に、男>女という対立構造が自分の中で出来上がっていて、その地位が危ぶまれるような、そんな感覚。

 注意したいのは、それは男尊女卑というものではなく、自分が男だから女性に対して抱く観念の様なものだ。女性が、本当に男ってくだらない、というときのアレと同じ。

 ある意味ではそれは畏怖であり、嫉妬であるのだ。

 

 彼女の曲を聞くたび、MVで彼女の佇まいを確認するたび、彼女が、男を振り回すような女性たちを合理化しているような気がした。

 もっと言うと、彼女が僕の元カノに悪い影響を与えているような気がしていた。

 もしかしたら僕は、椎名林檎が好きじゃない、なんてことは決してなく、彼女により影響を受けてしまっているような、ちょっと痛い女性が好きじゃないのかもしれない。

 それはいわゆる、中途半端な椎名林檎。半・椎名林檎。デミ・椎名林檎

 前の彼女のことはもうどうでもいい存在ではあるが、あのような女性のことが今でも苦手だ。

 

 女性に完全に振り回されてはいけない。とはいうものの、振り回されるのは楽しい。

 けれど完全に支配されてはいけないな。やっぱりつらいもん。つらかったもの。

 

 強い女性というのはとても魅力的だ。

 しかし、強さというものにもいろいろある。

 それを裏付けているのが、実はその人の弱さだったりすることだってある。

 その弱さというものを、お互いが認めあえるような関係づけを成すことはとても重要なことなのではないか。

 

 あまり個人的な恋愛は語りたくはないのだが、あまりにも記事のネタがなかったので。