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映画喫茶 Bande à part バンドアパート

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

初めてライティングの仕事を頂いて思ったこと、ブログという居場所について。

こににには。井出崎です。

当ブログの記事が初めてはてなブログのトップに飾らせてもらって驚いています。

ちなみにラ・ラ・ランドは観てないです。

 

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ライティングの仕事について。

 

先日、しばらく勤めているインターン先のツテでライティングの仕事を頂いた。

職場は主に様々なジャンルの編集の仕事などを生業とするそこそこ小さな会社だ。

とある映画のコラムを書いてほしいとのことだったので快諾。

今回はベテラン編集者が面倒を見てくれたので、自分でもなかなかいい記事が書けたと自負するし、そこの責任者の方にも褒めて頂いた。また仕事をもらえるそうだ。

 

投稿においてどのような手順を踏むかというと、まずどこの目線で映画をみるか、プロット(構成)をどう組むか、出発点と着地点をどう繋げるか、ということだった。

コラムと作品評の違いは、前者の場合ある一定の角度から一つのテーマを明確にすることが一番の違いである。またそのテーマ設定も「いかに読者の注目を惹けるか」ということに焦点が当てられた。

 

さて、そんなギャランティが直接発生するライティングの仕事をこなして思ったこと。

これは後で述べるが、元々あった自分の構想とはかけ離れた記事が出来上がった。それでも納得はしているんだけどね。

もう一つは、最初に1500字程度書いたのだが、なんか読んでも論文みたいで全然面白くない…

起承転結や論理構造に気を配りすぎたみたいで、なんだか大学のレポートを書いているようだった。かといって、ブログで今こうやって綴っているように砕けた文章で書く段階は遥かに遠い場所にある。

そこで、うまく折り合いをつけました。

フランクすぎず、固すぎないように。

 

どれだけクリックさせるかという事に重点が置かれる

言われたのが、読者に読ませろ、という事。

そして、映画館に足を運ばせろ、という事。

つまりあの言葉は、つまらないものを書くな、という事を示唆していたのだろう。

編集者の方にプロットを送ったところ、大体削られた。

出発点と着地点はいいが、それまでの過程が固すぎる。

そういう指摘がされたため、もっと軽く親しみやすい内容に変えた。

当初の構想とはかけ離れてしまったが、それでも大体の結論は言えたし、中々良い記事に仕上がったと思う。

無名の学生に記事を書かせるのだし、ビジネスとはそういうものなのだろう。

 

そういえば、菊地成孔によるラ・ラ・ランドの記事が波紋を呼んでいる。

あれは書きたいことを書いているだけで、pvを稼ぐことを意図したものではないのだろうが、結果的に爆発的な話題となった。

人気作を批判する構図を分析(批評)する記事が幾つも現れているのはとても興味深い現象である。

僕の記事がそんな記事に挟まれてブログトップにあるのは何とも言い難い(笑)

 

ブログという居場所について

ここまで言ってしまえば大体の結論は導くことはできるだろうが、一応。

 

ブログってやっぱり、自由に書けるからいいんだよね。

もう何書いてもいい、全く文と文の論理関係が破綻していてもいい。

 

公式に世に送り出されるものは、それがそのまま社の評価に繋がるわけだから、まさかヒドイ文章のまま公開するわけにもいかない。

だから公開されるまでに何人もその記事に目を通すだろうし、推敲もしっかりやる。

だが、それは必ずしも評論や論文ではないためにどうやってそのコンテンツを成り立たせるか、すごく難しいと思う。

正直執筆中も、ある一定のポイントから全く筆が進まなくなったりした。

 

ブログという居場所は、第一に自分の好きなものを書ける場所でありたい、という話だ。

 

もちろん、論理も把握したうえで修辞的な表現を用い、美しい記事を作るというのはものすごくロマンがある。

たった一文、たった一言、たった一文字の助詞に気を配る、これってすごく美的感覚が必要とされる。

そのような経験は、文学が芸術活動であるということを如実に物語る。

 

でもブログ。

やっぱ楽しいよ。

俺は手が疲れてきた。もう書きたくない。

だから今日はここで筆を離そうと思う。

こんなわけにはいかないからね、仕事だったら。

 

ということで読んでくれてありがとうございました。