足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

邦画がダメだ、クソだと言われる4つの理由

まず初めに断っておくが、僕は邦画がクソだ、ダメだなどと言ったことはない。

邦画も好きです。本当に。

 

ただ、インターネット上ではそのように形容されることもしばしばあり、提唱される理由の中には頷くほかないものも多々あるというのが正直なところである。

 

f:id:works_movie:20170328152853j:plain

 

少し気になったので、自分の意見を織り交ぜつつ、その主な4つの理由の是非を考察してみようと思う。

また、海外との比較を中心にして話そう。

他の人の意見もぜひ聞いてみたいな。

 

なぜ邦画はダメだ、クソだ、つまらないといわれるのか

邦画が、というのがポイント。

これは相対的な評価であるため、海外との評価を比較中心に語っていく。

 

f:id:works_movie:20170328152923j:plain

 

テーマ・内容が薄い

 

まず大きな理由として、日本においてはセンセーショナルな話題が貧しいということ。

あまり言われていないことなので、テーマ性の問題については声を大にして言いたい。

 

例えば海外、特に映画大国のアメリカを例に挙げると、題材にしやすいものがたくさんある。

銃社会、人種差別、宗教、政治、戦争、薬物、貧困、性……一つ取っただけで大きなテーマになり、物語が一つ出来上がりそうだ。

 

果たして日本の場合はどうだろう?

政治を取ってみても、誰がその映画を観るのだろうか。というかそんな映画作れるのだろうか。社会を風刺するという慣習が日本の映画には見受けられない気もする。

そういう意味では『シン・ゴジラ』がどれだけすごい作品なのかわかるよね。

また、戦争映画は度々作られるだろうが、それは歴史を切り取ったものであり、中々革新的なものをつくり上げるのは難しい。

 

日本は日本らしく、背伸びをせずにできる範囲で想像力を膨らまして映画を作るべきなんじゃないかな(閉塞感に苛まれたままでいいという意味じゃないです)。

進撃の巨人鋼の錬金術師?アニメーションのままでよくないですかね。

時代劇は、うん。時代劇作りたがっている人たちもたくさんいるのだけれど、中々話題になることが少ないよね。

もう少し歴史を扱ったものも盛り上がって良いよなぁ。

 

芸能事務所と映画の利害関係

例えば、映画を作るうえで出資などの関係により有名な芸能人や若手のアイドル、モデルを使わざるを得ない場合があるらしい。

広告費の観点からもこれは合理的な指摘で、とても資本主義的である。

「人気漫画原作とこの実情が絡むとほとんど失敗に終わる(前田有一)」という言葉を思い出してしまう。

その中にはすごくいい演技やそのカリスマ性で魅了する方もいらっしゃるだろうが、その中に元々役者志望で、何年もちゃんと演技を学んだ、というような方がどれほどいるのだろうか。

それが日本映画をつまらないものにしているというのは短絡的だろうが、ただ長い目で見れば日本の映画界の衰退につながる理由と言えないこともないだろう。

俳優志望だけれどまったく芽が出ない役者なんてザラだろうけれど、もう少し陽の当たらない場所で夢を見ているような人たちの活躍も見たいというのが個人的な感想です。

 

役者の演技がヘタクソ

これは先ほどの芸能事務所との関係と被る部分もある。そしてよくなされる指摘だ。

つまり、日本の役者が全員ダメだという事ではなく、良い演技をする役者が中々使われない、世に出ないということだろう。

確かに、ああ、これはちょっとなぁ……と思う作品も多い。

特にこれは個人的な経験になるのだが、先日とある邦画サスペンスを鑑賞したところ、役者が泣き叫ぶシーン、迫力なさ過ぎて萎えてしまった……。

 

けれど、一概に日本の役者のレベルが低いと誰が言えるのだろうか。

演技の良し悪しを合理的に説明できないなら「日本の役者はへたくそ」という言説は説得力を欠く。

外国語を扱った海外の役者が上手に見えるのはまずその色眼鏡を外してから、冷静に分析したいところだ。

僕は日本にも好きな役者もたくさんいるし、彼らの演技に涙することだってしばしばある。

問題なのは、そういった良い映画が話題に昇らないこと、観られないこと、そして評価されないこと、である。

いい意味でも悪い意味でも、商業映画は話題性が極めて高い。だから商業映画の主演者を一つ手に取って、邦画は演技がクソだからクソ!と言われてしまうのもわかる。

でも実際は、良い役者を使った邦画を話題として扱わないところに問題があるのだ。

 

 

製作費のこと

これも海外と比較するけれど、製作費。

日本の映画界はお金がないらしい。

夢がない話だけれどお金がないし、お金がないからますます商業的に出資者と結びつかざるを得ない。

国内市場における “ある種のガラパゴス化” だというのは本当のことだと思う。

d.hatena.ne.jp

 

例えば、これは僕の勤め先の映画人の方の受け売りだから聞き流してもらって構わないことであるが。

日本の映画製作において国からの支援は乏しい状況にある。

対する韓国。映画作りに力を入れている韓国における映画、およびそれに携わる映画人は、すごく知的な立ち位置にあると評価されるらしく、国からの製作費支援も日本以上になされているそうだ。

 

製作費がないといい映画が作れないのか?

必ずそうとも言えないが、しかし製作費が無くては妥協しなくてはならないことが増える、というのは事実である 

 

まとめ

果たして映画とはなんなんだろう。

ただの消費財としてのエンターテイメントなのだろうか。

それは映画業界だけが決めるのではなく、観客が決めることである。 

けれど、分かりやすく金を生む作品ばかり提供して、資本主義的な舵の取り方をしていけば、芸術的な側面はどんどん衰退していくだろう。

 

邦画を頭ごなしに批判する人は一つの作品を手に取って一般化しすぎ。

それは誰にでも陥りがちな罠だ。でも知ってほしいのは、そういった邦画批判に対する批判の声だって日本の映画を悪くしている一因なのでは?ということ。

邦画も洋画も観て、それでも邦画はつまらん、という人の意見はむしろ貴重に扱うべきではないだろうか。

 

もっといいものを作ろうという貪欲な心が何の世界でも必要である。

しかし、良いものを作ろうと思えば金が要る。金を作ろうと思えば権利やスポンサーとの関係で、色々恣意的な要素が介在する。

この矛盾にどう対抗するかが、これからの日本映画界に如実に反映されるのではないだろか。

 

以上、僕が映画に馳せる思いでした。

難しいテーマなのでまたいろいろ考えて記事にしたいです。

拙文ではありますが読んでくれてどうもありがとうございました 

www.worksmovie.com