足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

人を旅へと突き動かすもの

なぜ人は旅をするのか、友人に訊ねたことがある。どんな答えが返ってくるのかワクワクしながら返事を待ったが、彼は押し黙ってしまい、ようやく口を開いたかと思えば「理由なんてない、したいから旅をする、それだけ」と静かに答えるだけだった。

 

f:id:works_movie:20180201124635j:plain

 

彼のそれは紛れもなく旅だった

アメリカを自転車で横断した彼の一ヵ月について、ほとんどが野宿かその日に知り合った人の家に転がり込むかだったらしく、その行動力には驚かされた。西から東まで線を引くというただ一つの目的のもと、明確な航路も決めず、途中で自転車も盗まれたとも聞き、そこでは様々な予想外の出来事に見舞われただろう。

しかし、それこそが彼の旅だった。特に計画は立てないで発つ、彼はそう言った。もちろん大まかな手順などは自分の中で決めてあっただろうが、細部にまではこだわりがなかったようだ。予定を立てると、旅が旅ではなくなる、面白くなくなる、それが彼の旅の流儀なのだ。

 

おそらく彼らに明確な理由などない。世界には、まだ観たことのないものがあるから、出会ったことのない人が居るから、とりあえず旅に出る、出たいから旅に出る。

そこに旅とは何かという意義があるのではないか。

病的な何かを感じざるを得ない。彼らは旅の病に侵されていると言ってもいい。

独りになりたいから、気分転換がしたいから、失恋したから。

そんなのはどうでもよくて、大きく換言すれば違う自分に出会いたいというある種の変身願望なのではないか、とまで食って掛かりたくなるほど、それほど彼らを動かすものは大きい。

 

なんだか俺も旅に出たくなった。

薄暗く鬱屈とした、かび臭い部屋でこれを綴っている。

就職活動を控えこれから何者になるのだろうという思いを抱きながら、自分探しという陳腐な言葉だけで表せない、あて先もなく漂うだけの旅に。

 

人はあらかじめ決められた運命をたどっているだけなのか、それとも風に吹かれて漂っているだけなのか。

その答えが何となくわかるかもしれない。