足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

バレンタイン? 他の年中行事は蔑ろにするのに?

どうして、バレンタインデーやハロウィンやクリスマスだけが大切にされるのだろう?

どうして、日本人は自分達の文化を蔑ろにするのだろう?

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今週のお題「バレンタインデー」。

以前にもこんな記事を書いた。

 

www.worksmovie.com

 

義理チョコとか義務チョコとか面倒くさいし辞めればいいじゃん、という記事だ。

またバレンタインにチョコをもらえないことをひがむ記事か、と思われても差し支えはないけれど、今日はまた違う記事を書いてみようかと思う。

 

季節の行事を大切にするということ

 

突然だが、あなたは年中行事を大切にしているだろうか。この季節だけでも、正月、節分、ひな祭りなどなど…たくさんある。これらのイベントを大切にするということは、すなわち季節感を大切にする、ということである。また、季節の節目に、生活にちょっとした彩を与えるものでもある。

 

古来の日本人は、やはり質素な生活を送っていた。年中行事は、各々特別な意味合いを持つだろうが、それらの行事には季節の節目に普段できないちょっとした贅沢をする、という共通項があるように思える。季節感を大切にすることで、毎日の生活にご褒美を与えていたのではないだろうか。

 

季節を大切にする意味

 

実は私の肉親の1人が、一時期精神を病んでいたこともあり、本屋に立ち寄るたびに精神疾患の本を何冊か流し読みしていた時期がある。その中に気になった一節があり、それは「季節の行事を大切にするということが安定した精神を持つことに繋がる」というものだ。

 

年中行事には様々な意味合いがある。もちろんその意味が忘れ去られ、形骸化してしまったものもあるだろう。けれど、それをもう一度見直し、日本人としての意識を取り戻す頃は、相当な意義があるように思える。それからはなんとなく、季節感を肌だけでなく、行事を通して感じることの関心を抱くようになった。季節に敏感で居たい、というのは、そういうことでもあるのかもしれない。

 

どうして年中行事は行われない?

 

私の家庭では、姉が高校に入学したあたりから、年中行事を大切にしなくなった。両親には、もう子供じゃないから…という思いがあったのだろう。それからは、ただ自分の感覚によって、新しい季節が来たなあとか、また戻ったなぁとか、中途半端な季節だなあとか思ったりしていただけで、大きな節目を感じることはほとんどなくなった。

 

それでも、バレンタインデーやハロウィンやクリスマスの時期になると、世間は賑わいだし、メディアがそれを掻き立てた。その時期に学校に行けば、大抵その手の話題で持ち切りになった。今こうやってバレンタインというものを見直すと、それよりも日本人として大切にするべきものがたくさんあったのではないか、と思わずにはいられない。

 

 

きっと家族で年中行事を祝う事も、何気ない生活にちょっとしたアクセントを加える物になる。どうでしょう、バレンタインもいいです。クリスマスも楽しいです。でももう少しだけ自文化を顧みてもいいのではないでしょうか。