足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

嘘はバレる?仕事でミスを隠してしまったときの心の保ち方

先日、バイト先で大きなミスを犯した。このミスは他人に面倒をかけてしまう類のものであるが、僕はこれをもみ消した。嘘をついた。自分のミスを機械の不具合のせいにして「仕方なかったこと」と言い訳したのだ。息をつくかのように勢いで嘘をついてしまったことに自分でも驚き、それと同時に保身のために嘘をついてしまった自分の情けなさ、罪悪感にしばらく苛まれた。

 

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バイトだけではなく、仕事先で着いてしまった嘘に対しても、「バレるのではないか」という焦燥感、そして「なぜミスを告白できなかったのか」という罪悪感などの複雑な感情を抱いたことがある人は少なからずいるはずである。

 

そんな自分に対する自戒も込めて、嘘をついてしまい様々な感情に追い込まれている人たちのために今回はこんな記事を書いてみた。

 

嘘をついてしまったときの心の保ち方

そのタイプにもよるが、嘘をついてしまったときは心中穏やかでいられないものである。

 

むしろ、嘘をついてしまったときに何も感じない程の神経の持ち主は、成功者のポテンシャルを秘めているか、病的なまでに感覚を麻痺させてしまったかであるだろうが、いずれにせよこの世知辛い世の中を生き残るためにはそのような「図太さ」が必要かもしれない。

 

まず、開き直る

ついてしまった嘘は仕方ない。それを突き通すための覚悟をする。

 

嘘を真に仕立て上げるために嘘を重ねる?それは堂々巡りだから、できるだけ嘘はもうつかない。けれどついてしまった嘘は、もう仕方ない。こんなことも生きていればある、何度でもある、そう言い聞かせる、というかミスを隠すために嘘をつくなんて当たり前の人間の心理だし、嘘も方便だ。

 

嘘がバレたら、とぼける。これでいい。全力でとぼける。ごめんなさい、もうよくわかんないです、私の記憶が間違っているかもしれません、そのように別の角度から謝罪をアプローチする覚悟を決めよう。

 

そんなウソ、ふつーふつー(笑)

 

どうだろう、心に罪悪感を抱いている人でもこの文を読んだだけで少しは心持軽くなるのではないだろうか? ちなみにこれは私が実際に友人に言われた言葉だ。

 

当たり障りのなさそうな人に嘘を告白する

何でも話せる友達がいるなら、まず打ち明ける。打ち明けまくる。僕は手当たり次第の友人に自分の罪を告白して色々な言葉をもらった。「そんなに悪くない」とか「仕方ない」とか、他人に言ってもらえるだけで心のあり方は変わってくる。

 

仕事先に信頼できる人がいるなら、その人だけにそっと打ち明ける。僕はミスを同僚にそっと打ち明けた。ここですべてを判断する。相手が「こいつやべえやつだ」というような反応をみせたら、あなたのついた嘘はやべえやつだったから素直に首をくくろう。逆に「そんくらいバレなきゃ大丈夫」と言ってもらえたなら、もう大丈夫。あとは嘘がバレないように気丈にふるまうだけ。

 

友達も信頼できる同僚もいないのなら、ネット上で相談する。知恵袋や掲示板でイイ。嘘をついてしまって罪悪感に駆られている人は無数に存在する。思っていることを形にし、外に発信するだけで大分心は軽くなる。

 

自分のついた嘘と向き合う

なぜ嘘をついてしまったのか、その嘘についてしっかり向き合う。罪悪感を抱いているのなら、それはもう素晴らしい事だよ。どうせだったら悩みぬいて、職場でもバレているのではないかとびくびく怯えよう。

 

嘘をつくとはそういうことだ。とんでもなく苦しい。今まで築き上げた信頼を失うかもしれないという思いは、なによりも太刀打ちし難い。

 

それと同時に、自分のついた嘘の「穴」を見つける。つまり、バレる要素を挙げる。どうしたらバレてしまうか?自分のついた嘘は完ぺきだったか?バレる余地が無ければ、もう考える必要はない。必要以上に神経を消耗させる必要はないという事だ。

 

最後の手段は責任者に嘘をついたことを誠心誠意謝る

これはもろ刃の剣。責任者や職場に対する絶対的な信頼が無ければできない行為だ。責任者が人格者であれば「嘘を突き通す人間」より「過ちを告白できる人間」に信頼を置くはずである。

 

日頃の行いが悪ければこれは絶対失敗に終わるから、自分の職場での立場をしっかり加味することが重要。

 

嘘はつかないに限る

嘘をついてからしばらく飯をろくに食えないくらい悩んでしまうほど神経が細い僕から言わせてもらえば、嘘はつかないに限る。今後の職場関係を考えれば、ちゃんとミスを報告できるような土壌があったほうがいいに決まっている。

 

逆にそうまでして大事にしたくないような環境であったら自分が楽でいられる選択肢を選べばいい。嘘って案外バレないものです。けれど絶対バレるようなうそをつくのはやめるだけの賢さを身につけよう。

 

人は嘘をついて生きている。これは間違いない。そして、嘘も方便だ、処世術だ、と言い切ることは容易い。けれど、ついてしまってから相当の罪悪感や焦燥感に駆られて思ったのは、もう二度とこんな嘘はつきたくないということ。

 

どうでしょうか。これを読んで、嘘をついてしまい悩んでいる人の心が少しでも軽くなることを切に祈っている。