足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

就活の不安・辛さの正体は「得体の知れなさ」だと思う

3月を迎え、企業による採用活動が解禁された。これによって、企業は説明会や本選考を大々的に行うことができるようになった。

 

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私は今就職活動中の身であるが、正直に言うと、就職活動めちゃめちゃしんどいです。肉体的にとかスケジュール的にではなく、精神的に辛い。解禁したといっても、まだ本格的に乗り出しているわけでもなく、お祈りを受けたわけでもない。ただ、漠然と辛い。しんどい、とにかく先の見えない不安に付きまとわれる。

 

この下腹部の辺りにじっと構えている「得体のしれない」不安が、日々を蝕んでいるのだが、いっそのこと、この不安を解剖してみたいと思う。

 

就活の不安・辛さの正体は「得体の知れなさ」だと思う

我々就職活動を迎えた学生にとって、社会に出るという事は自律を意味する。これからは生活を支えるのも、仕事を遂行するのも、将来を選ぶのも、全て自分の手にかかっている。今はやりの「自己責任」というやつだ。

 

 

自己責任という言葉には、様々な「得体の知れなさ」を含んでいる。何が正しいのかさっぱりわからない。そもそも果たさなくてはならない責任とは何か?自分はどのような幸福を求めているのか。高校生が大学を選ぶのとはわけが違うのだ。

得体のしれない社会・将来

学生が4年間に学ぶものなど、たかが知れている。いくらバイトに明け暮れていたとしても、社会に出るという事は中々想像がつかない。自分が将来、社会に出た姿など想像もできないし、何がやりたいのかさえも分からなくて当然ではないだろうか?

 

結局、日本の学生の大半がすべきことは、時間を好きなことに費やすことであり、それは大学という機関の構造から仕方のないことのように思える。そのように時間を費やしてきた学生にとって、4年生になったから社会に出るための就職活動を進めろ、と言われたところで手も足も出ないのが現実だ。特に、日本のインターンシップの現状からは、学生たちが社会に出るまでの適応力をつけるためにはまだまだ整備が足りないと感じる。

 

将来を選ぶ恐ろしさというのは語るまでもないだろう。できることなら働きたくないに決まっている。それでも、将来どのような自分になりたいかと考えあぐねる。給与の高さを取るか、福利厚生を取るか、会社の名前を取るか、やりたいことを追求するか。選択することの難しさだけは、この年になれば嫌というほど身に染みついているはずだ。

得体のしれない自分と他人

就職活動の時期を迎えると嫌というほど叫ばれるのが「自己分析」という言葉だ。私は、企業戦略の一つとして売り出されている「自己分析本」なんて買ってしまって、大真面目に自分と対峙できる学生を羨ましく思うと同時に、こいつらマゾヒストかと思わざるを得ないが、なんとなくこれも大事らしい。

 

「私」とは自分で規定できるものではないのだと「自己分析」しない理由をどうにか合理化している私だが、今までの自分とこれから就職した後の自分を重ね合わせても、どうにもうまく合わない。バリバリに毎日毎日来る日も来る日も汗水たらして働いている自分が想像できないのだから、自己分析などしなくても大抵の企業とそりが合わないのは手に取るようにわかるし、人に合わせて行動できないという致命的な欠陥を浮き彫りにしたくないがために、自分から逃げている。

 

そんなわけで、自分がわからない、何がしたいのかわからない、というのはほとんどの就活生に当てはまるのではないか。もちろん、したいことが漠然とはあるだろうが、それを煮詰めることが恐ろしいという意味では「何がしたいのかわからな」くて当然であると思う。

 

もっとわからないのは他人のことだ。他人は時に想像のつかない訳のわからぬ行動をとったりするものだから、それを観て焦る。また、他人と自分を比べてさらに焦る。スタート地点が違えば、ゴールも全く違うわけなのだが、同じ就活生が自分よりさらに頑張っている様子を見ると焦燥感が駆り立てられないはずがない。

答えのない就職活動

そして一番は、就職活動に答えはないという事。これは最も恐ろしい。教科書がない。あるにはあるけれど、どれもテンプレ的で、抽象的だ。答えは各企業、各面接官、選考ルートによって全く違うのだから、戦い方もそれぞれの学生によって異なる。

 

だから、本当に、もうやることは一つしかなくて、これだけに向かっていけばいいのだというタイプの就活生以外は、今何を一番にすべきなのかという疑問にぶつかる。それは誰にも分らないから自分で模索するしかない。これは非常に骨が折れる。

 

自分が今何をすべきなのかわからない、これが一番の「得体の知れなさ」であるのではないだろうか。

 

終わりに

入りたい企業を数えたら、14社でした。これだけあれば十分かな。どこかに引っかかるために、努力すればいいのだけれど、それでも、これでいいのかな、どこかにはいれたら幸せになれるのかなという一抹の不安が募る。

 

しかし、比較的ほかの学生よりもやりたいことは明確にあるので、それはかなり楽かもしれない。

 

もし全部落ちたら、プロブロガーになるのでどうぞよろしく。