足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

僕が彼女と呼ぶ女性と、何も起きない一日の終わりについて

彼女は腹痛で、今日会えなくなった。もう少しまともな口実はなかったのかと思いながら、心配するふりをして代わりに彼女に勧められた本を買いに行った。その本は二件ほど書店を回ったがどちらにも置いていなかった。結局、一日は何も起きないような気持で始まり、何かを期待しつつも、何も起きずに終わりを迎えることになる。

 

 

www.worksmovie.com

 

トマトを念入りに洗った。小さく切って、昨日貰ったドレッシングをかけて食べた。とてもおいしかった。ただそれだけの一日。なにかすべきだと思いながらも、何かに手を付けるふりをしながらも、本当に何もなく終わってしまった。

 

ちなみにこの彼女とは恋人のことではない。彼女と形容する以外の術がないので、この頃ずっと彼女と呼んでいる。彼女は僕のことを名前で呼んだことは一度もなく、彼女と知り合ってから4年間、僕はずっと「きみ」と呼ばれている。その響きがとても心地よくて、特別な優しい気持ちに包まれ、それは彼女に名前で呼ばれないためにいつまでも名乗らないでおこうと思ったほどだ。

 

彼女とは4年前になんだかのアプリで知り合い、僕が一方的に彼女の不思議な魅力に憑りつかれたまま、けれども一度でも触れたら抜け出せないような恐ろしさから、まだ一度もあったことはない。そんな彼女に出会おうと思ったのは、一過性の不感症にかかってしまったからだ。彼女なら僕の好奇心を刺激してくれるはずに違いなかった。その確信があった。

 

彼女はとても頭が良かった。おそらく僕が出会った人物の中で一番賢く、そして美しく、それと同じだけ何か大切なものを失った女性だった。彼女と出会ってしまったことは、幾度となく彼女とは連絡は途絶える中でも(とる手段を失ったと言った方が良いかもしれない)、その後の僕の人生に何か屈折したものを与えた。何かを失い、それでも何もない小さな部屋で一人で居る強さと弱さをないまぜにしたような不思議な世界観しか心の底では愛すことができなくなってしまった。

 

僕は恐らく彼女に対して何の影響も与えていないが、彼女は僕が好む映画や小説、そして音楽が好きだとしきりに口にした。だから僕は僕の好きなものを彼女に話したし、彼女ならすべて理解してくれるような、奇妙な信頼を抱いていたが、彼女が知りたかったのは僕の好きなものではなく、鏡で反射された自分の姿であったことは違いない。

 

様々な女性と出会い、様々な話をする中で、彼女ほど素晴らしい女性とは出会ったことがなかった。しかし彼女とは一緒に居られないし、僕も彼女の望むものは決して与えることができないということは、彼女は多分知らないのだと思う。またもう一つは、彼女は明らかにフィクションの中の住人で、それが現実になるのが怖かったし、彼女も現実世界と同様の俗物だと、勝手に裏切られた気持ちを抱きたくなかった。

 

こんな日は何も起きなかったが何か起きることを期待として胸に抱きながら終えたいと思うが、けれども少し寂しい気持ちもある。だれか、デートしませんか。