足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

痛みをくれる人

id:punkrockes それでも人に会い続ければ突然激しい痛みを与える人物と出会いそして自分は不感症ではないと再認識しその痛みを掘り下げると今まで気にもしていなかった細い路地を見つける。知らんけど。

 

何て瑞々しい横顔なのだろうと思った。長い睫毛。控えめな唇。崩れそうな白い肌。どうしても触れてみたい、けれども、触れ方がわからない。どんな想いを込めても、彼女には触れられない、そんな気がしたのだ。

 

一晩中彼女は、僕と逆の方を向いて寝ていた。気を張っているのがありありと伝わってくるほど。後ろからそっと抱く形で寝た。そのくせ僕の心拍数の高まりが、少しでも彼女に伝わらないことを祈った。それは、水を抱くような感覚で、僕を無性に悲しくさせた。

 

朝、僕らの方が早く目覚める。本当は、僕は一睡もできなかったのだが、彼女が目を覚ましたので眠れたか小さな声で訊くと、少しだけ、と彼女は囁いた。僕は文庫本を手に取り、どうしても読みたい一節を読んでいた。何度も何度も読み返した、作者のあとがきだった。

 

彼女は僕の方を向くと、自分の身体を摺り寄せ、本当に、本当に控えめに僕を抱いた。朝方になり、初めて彼女の方から触れてきたので、すこしだけドキッとした。それは抱いたと表現していいのかわからなくなるほど、初めて異性の身体に自分から腕をまわしたのかと訊ねたくなるほど、そっと水を撫でるように、彼女は僕を抱いた。どうしてもその彼女の抱き方が愛おしくて、思わず僕は、そっと文庫本を置き、彼女を引き寄せ、抱きしめた。いじらしく、何かを求めるような彼女のあり方にやりきれない想いを感じた。だから余計に力強く抱いた。

 

肩にそっとキスをすると、彼女は怒った。優しい怒り方だった。

 

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僕は、僕に鋭い刃を突き立てるような、そんな痛みが欲しかった。何をしていてもつまらなく感じ、半ばヤケな思いで日々を過ごしていた僕にとって、それは思いがけない出会いだった。

 

僕らがアヒージョだったら。僕はきっと冷凍用のブロッコリーをこれでもかというほど塩辛く煮込んだ600円弱でバケットは別料金という粗末な代物。彼女は、上等な油で宝石を煮込んだようなアヒージョだった。良く例えがわからないだろう。それくらい僕とは別の世界に浸っていた女性だという事だ。

 

心が揺さぶられる様な、とめどなく溢れてしまうような、そんな心のあり方が非常に辛かった時期がある。

 

好きになること。信じること。どう考えたって蛮勇だ。どうして人はそんなに簡単に誰かと一緒にいたいと思ってしまうのだろうか。けれども、そんなことを知りながらも、痛みを求めてしまうような瞬間が、ようやく訪れ、まだ死んでいなかったのだということを知った。

 

入り組んだ路地で思いがけず出会った。それがどれだけ深いものだったのかは、まだわからない。