足が絡まっても、踊り続ける

映画家になるまでの記録。映画、読書、喫茶店。

「自称クズ」大学生に、つける薬はない

「自称クズ」大学生に、つける薬はない

いますぐ自分のことをクズと呼ぶのはやめよう。自分のことを世界一まじめだと思いながら、何故か他人にクズと呼ばれているくらいがちょうどいいのだ。

「自称クズ」だった僕をぶちのめした女性

 

僕が大学一年生だったころ、それはまだ、当時好きだった東京大学に通う年上の女性と頻繁に連絡を取り合っていた時の話だ。

 

彼女と電話中、何かの会話の弾みで、僕は「学校にほとんど行っていない」と彼女に伝えた。するとこれまでの様子を異にし、少し重い声のトーンで彼女は「どうして?」と訊いた。僕は、何と答えていいのかわからなかったので、とりあえずいつも側にあった「クズ」という言葉を使ってよくわからない理由をとりあえずつけて置いた。

 

俺は、クズだから…。

 

すると、彼女は、酷く恐ろしい声で様々な言葉を使い、こんな風に僕をまくしたてた。

 

「どうして大学一年生の男って自分のことをクズって言いたがるの?それって自分の怠惰を正当化して言い訳がしたいだけでしょ。そんな安易な言葉で自分のこと貶めるの、本当にダサいからやめた方が良いよ」

 

とか、まあ恐らく大学一年生が言われたくないであろう言葉の羅列だった。何も言い返せず、彼女の恐ろしい一面を見てしまい、半ば泣き出しそうな声で僕はかろうじて「はい…」と応えるのに精いっぱいだった。しかも好きだった女の子にだよ、こんなこと言われたら普通立ち直れなくなるよね。

 

二種類の「自称クズ」

 

自分のことをクズだと形容することに、恐らく二種類の方向性があると言っていい。

 

第一に、上記と同様、自分の行為を正当化する言い訳である。「授業面倒くさい。バイトぶっちしよ。俺クズだし、仕方ないわ…」使い方としてはこんな感じ。

 

そして第二に、自分が「クズ」であることで周りと差別化を図るもの。例えば、「また授業を切った」とか、「また単位を落とした」とか、執拗なアピールを続ける男子大学生のこの症状は特にひどい。マイナスのオシャレを楽しむ高度なテクニックがないにもかかわらず、自分の無能さを周囲にばらまくことでアイデンティティを確立しようとしている。

 

これは本当に意味ないです。悪目立ちしているだけですからね。中学生がタバコ吸い始めるのと同じです。二日酔いつれービールとかよゆうっしょとか言ってる大学生と同じです。

 

ポジティブなクズの方が良い

 

確かにクズな男とかダメな男のことを好む女性は一定数いる。しかしながら彼女たちが好きなのは、格好がつく範囲内でのダメさ加減なのであって、ダサい男ではない。自分を安易な言葉で貶めるような男は格好いいだろうか?全く格好良くないだろ。

 

第一に、クズと呼ばれるためだけにクズをやってはいけない。格好いいクズ男は図らずもクズやっていて何となく様になっている奴らなのだよ。

 

自分のことを「クズ」と呼んだ瞬間に本当にクズになってしまう。

 

自分をクズとか言うの今すぐやめた方が良いと思います。

 

 

特に入学して間もない大学生には声を大にして言いたい。授業なんていかなくても良いし、単位なんて幾つでも落とせばいいし、バイトだって嫌ならやめてしまえばいい。それでも、自分をクズとは呼んじゃだめだ。自分は誰なのかと向き合え。何が好きで、どういう時に生きているのかと実感するのかを知ってほしい。

 

周りとは違う自分を演出したいなら、何か自分の好きなこと、できることを見つけて徹底するべきだと思うし、僕は大学生のほとんどをなんだか中途半端に生きていたから余計そう思う。